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社会経済動向に翻弄される「街づくり」

井上洋和

 私は久しぶりに区画整理の仕事に関わりを持つようになりました。振り返れば14年ぶりとなりますが、東京で(財)区画整理促進機構理事時代に議論した当時と、基本的な課題(障害)は変わりがないようです。「街づくり」の行く末が心配に思えてなりません。

■つくってはならない「ゴーストタウン」 

  東北震災の復興についても区画整理手法が採用されるとのことです。私は数年前に海洋開発建設協会のメンバーと共に、巨大な「田老の堤」を視察したことがあります。その際、岩手県宮古市の田老地区の過去の震災津波復旧は、東京の戦災復興の経験者を中心に区画整理の街づくりが実施されたと聞きましたが、それが3.11震災で灰燼と帰しました。今回も被災避難住民、高台移転、L1,L2を想定した津波対策、街の復興という、さらに大きな課題も背負い込んだ復興計画のハードルの高さは、計り知れないものだと思えます。復興庁が設置されたにも関わらず、縦割行政の弊害が早くも現地から聞かれますが、一つ間違えばインフラ整備は整ったが、新たなゴーストタウンを作りかねない危惧を抱きます。

 一般的な街づくりにおいても右肩上がりの土地神話は過去のものとなり、国内経済の低迷を背景に全国的に長期的展望事業の不確実性が決断を揺るがし、日本人特有の悲観論のみが先行しているようです。特に約10年間の中で区画整理事業から撤収する企業、またそれに伴い実践経験を持つ人材が大きく減少しており、東北震災復興からのプロ人材呼び込みにも応えきれていないのが現実です。良くも悪くもバブル期、リゾート法時代の新たな街を創造するパワーは何処に行ったのでしょうか。確かにバブル、リーマンショックを経験して手痛い目にあった事業が数多く発生し、いまだに債務整理が並行して進められているのも現実です。地権者の立場からもさすがに土地神話に夢を抱く風潮は無くなり、逆に地権者としてのリスクヘッジに重大な関心を持つようになった結果が、皮肉にも一括業務代行方式という時代に合わない「短絡的な逃げ道」の定着に繋がっています。

■ニーズ多様で期待膨らむ民間参入区画整理

 大量の団塊の世代が高齢化を迎える中で、追い打ちをかける相続税制の見直しが叫ばれ、事業化の中でも相続対策が地権者の主要因として大きなウェイトを占めてきています。公共施行で行う区画整理は密集市街地での防災・減災も含めた社会インフラの整備目的が強いようですが、一方、民間事業者が参入する区画整理事業は、後継者不足による農業継続の困難性、不採算性に相続対策も含めた土地の有効活用に取り組む農地活用のニーズが大きくなっています。保留地・換地の土地の有効活用についても10年ひと昔と言われますが住宅系から現在進行中の大規模商業施設系へと変わり、最近の傾向としては震災津波を契機に物流拠点の内陸部への移動、統廃合が高速道路網の新たな結節点を模索し始めています。さらには過熱する社会現象のネット通販、TVショッピングの即日宅配を目指した物流再編の動きも背景にはあります。

■区画整理の問題点は事業期間の長さ

 具体的土地利用を見ると、戸建・集合住宅事業系の時代から巨大ショッピングセンター、ホームセンター、アウトレットモール、ホテル等の商業施設系の時代へ、最近では24時間対応可能な物流拠点、介護福祉施設、保育所等へと時代の変遷を受けて敏感にニーズが変わりつつあります。社会的ニーズが5年、10年単位でめまぐるしく変わる中で、一般的な区画整理事業が抱える問題点として事業期間の長さがあります。地権者の合意形成から計画決定手続き、事業が補助金等の予算執行に合わせて進められ保留地・換地処分までに5年、10年の事業となり土地利用計画が時代の変遷に追いつけず、また、進出企業の意思決定に二の足を踏ませます。土地利用計画についても理想を言えば保留地進出企業を確保し、事業目的に合った区画割が、また地権者の換地についても具体的な土地有効活用計画に合った区画割、さらには将来の相続対策が盛り込まれた区画割が出来れば効率的な街づくりができますが、いずれも「卵が先か鶏が先か」の議論に陥り決断ができずに頓挫します。

 地権者にとっても、資産価値は増進するものの農地から宅地に代われば土地に対する課税負担が大きくのしかかり、具体的な土地有効活用が確保できなければ必ずしも期待した区画整理事業効果を享受できず、目指した街づくりそのものが破綻してしまいます。

■区画整理後の「街づくり」 誰が先導するのか

 このような状況ですから、プロセス評価がされない業績成果主義の民間事業者から見れば、余程の好条件が無ければ「手間暇かけて実入りの少ない、リスクを背負う事業にあえてチャレンジしない」傾向というのも理解できます。しかし、区画整理事業は理にかなった都市計画手法であり、幾多の障害を乗り越える覚悟が国、地方行政、民間事業者に求められます。また、大規模商業施設系の借地事業そのものも契約更新時期を迎えて撤退という事態になると、後の街づくりは誰が先導するのかという新たな課題も今後は表面化しそうです。

 東北震災復興の難しさは、工事費は全国的に差異が少ないものの、保留地処分価格が低い地方では事業収支パランスから減歩率が大きくなり、まして原位置換地が困難となると地権者の参画意欲を削ぐ結果となります。

■懸念される虫食い的ミニ開発の行く末

 区画整理手法を離れての「街づくり」でも、世代交代、相続対策、消費税駆け込み対策で300坪以上の御屋敷が処分され30~45坪程度のミニ開発が進んでおり、緑豊かな街並みが日々変貌していきます。私自身も老後の終の棲家として、上町台地の高台で周辺が世界遺産に登録されようとする古墳群に囲まれた「緑豊かな御屋敷街」に隣接する集合住宅を求めました。しかし、この1年で大手デベロッパーだけでも既に6社が虫食い的に御屋敷の景観を日々崩しつつあります。ただし販売戦略として、いずれのデベロッパーとも「緑豊かな御屋敷街」をセールスポイントに入れているのは皮肉です。御屋敷街が新たな密集市街地へと逆行する流れは止まらないでしょう。

 もう一つ、20~40年前に活況を呈していたニュータウンがシルバータウン化していくのを如何にして食い止めるのかも、今後の街づくりの大きな課題です。放置すれば「都市型の過疎化、限界集落化」が起こる危惧を抱きます。高齢化、少子化、相続税制他の社会保障制度の荒廃を考えると、後退する「街づくり」はやむを得ない社会現象として押し流されるものなのでしょうか。

■東北復興には超法規的決断を

 せめて東北震災復興については超法規的に「税と社会保障」対策まで組み入れ、首都圏直下型地震に対応した首都圏機能の分散、代替都市とするくらいの気迫で現代版「平成遷都」まで決断しないと、歴史的にも悲惨な街づくりになると危惧するのは私だけではないと思います。前号「潮騒」の中で中尾さんが引用された、土木学会初代会長の言葉が重く受け止められます。


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