私の一冊

空の走者たち 増山 実:著 角川春樹事務所:発行

推薦者:大戸修二

 「何もないはずの空を、人はどうして見上げるのだろう」-。昨年初め、友人の市民ランナー・I氏から勧められて読んだのが『空の走者たち』(増山実:著)。今は亡きマラソンランナー・円谷幸吉(1964年東京五輪マラソン銅メダリスト)の故郷、福島県須賀川市を舞台にした夢と現実、希望と再生を織り込んだ物語で、引き込まれるように一気に読んでしまった。

 須賀川は馬の背状の地形から坂が多い街。5年前の東北大震災・福島原発事故で少なからずの影響を受けた地であり、円谷幸吉をはじめ、同じ円谷姓でゴジラやウルトラマンを世に生み出した円谷英二(特撮監督)、大阪万博・太陽の塔の制作に岡本太郎と共に関わったという円谷良夫(彫刻家)の出生地。そのさらに昔、俳人・松尾芭蕉が「奥の細道」の中で、摩訶不思議な人物と出会うなど最も長く逗留した地でもある。

 物語では主人公の一人、暗中模索の高校生・ひとみが樹木の洞(うろ)を通し、時空を超えて様々な人と出会い、行き交う中で2020年の東京五輪女子マラソンへ向けて成長していく。その中では、ボブ・ディラン、ビートルズ、坂本九の曲目も意味合いを持つ。円谷幸吉、円谷英二らの実像にも迫った力作でもある。

 リオ五輪が終わり、次は2020年の東京開催。世間では競技場問題を含めた目先の課題・難題に振り回されているようだが、それはさておき、空を見上げて心を静め、じっくりとこの小説を読んでほしい。


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