主張

地デ研が歩んだ時代とまちづくりの「虚」と「実」

平峯 悠

人々の幸せを実現しようと都市計画やまちづくりに多くの人々が携わるが、その背景にある社会環境が大きく影響する。地域デザイン研究会の前身である「泰山塾」はバブル経済の絶頂期に誕生、2000年にNPO法人地域デザイン研究会として正式に認定されてから20年、新型コロナウイルス感染症の蔓延の中で1つの節目を迎えようとしているが、この30年の間に遭遇した事象と都市づくり・まちづくりの「虚」と「実」について振り返ってみたい。

バブルは日本が必死になって進めてきた経済成長の最終局面であったが、その実態はまさに虚像そのものである。その中で私たちが目指したのは、社会に求められる本物=実像は何かということであり、「泰山塾」の設立の趣旨である多様化社会の新しい形を求め、日本の伝統文化、おもてなし=ホスピタリティの実現に賛同する多くの人達が分野を超えて参画した。

まちづくりの意識を一変させたのが「阪神淡路大震災」であった。都市化は世界的な潮流であるものの密度の高い都市部は災害に弱く、いったん地震災害が起こるとその被害は莫大なものになること、豊かな都市生活とは何か、住民・市民が果たすべき役割は何かなどを問いかけた。壊滅状態からの復興のための新しい都市計画の枠組みの変更やNPO法が制定され、ボランティアや市民活動が認められることとなった。しかし経済的な落ち込みとグローバリズムの進展は、首都圏への人口・経済活動の一極集中を加速させ国土の虚像が出来上がってしまった。その中でNPO地デ研はこれからの社会の在り方を問う「都市再生」「社会基盤」「地方創生」「行政・市民住民の役割」などを課題として活動してきた。

2011年3月11日の東日本大震災と福島原子力発電所の事故は「人類の文明と自然」との在り方に強烈なパンチをくらわした。太平洋戦争に敗れ壊滅状態になった日本が再興できたのは「国破れて山河あり」という農村や海で育まれた国土の力であったが、震災と津波さらに原発事故は山河さえ失わせることとなった。河川と海に面した豊かな平野に住むことを否定された東北地方だけでなく国土全体の再編が求められたが、9年経過した今日になってもその先が見えてない。 2020年、中国・武漢が発生源とされる新型コロナウイルス感染症は東京オリンピック開催にわく日本をはじめ全世界に広がり、いまだ終息が不透明である。自然界の細菌・ウィルスと人類の共存の在り方が問われグローバル社会のもろさが露呈した。今後どのような社会が構築されるのか、元の生活に戻れるのか。

人類は自然との共生を真剣に考えないと滅びてしまう。都市部への集中は極めて脆弱であり、インバウンドに頼るまちづくりは極めてもろい。大都市部は生き残れるのか。山河の回復といびつな国土構造の是正はできるのか。これまで積み重ねてきた都市づくり、国土づくりを虚像・虚構とは決めつけることはできないが、少なくとも二面から見直すことが必要であると考える。経済活性化、利便性の向上、流通の効率化などのための広域的な都市計画と同時に、豊かな日々の暮らしの充実、自然的環境との共生、家庭、教育、子育て環境など身の回りの都市計画やまちづくりを着実に進めていく必要がある。

俳人松尾芭蕉のいう不易は永久不変の姿、流行は不易を求めて進展する姿であるが、感染症蔓延の中、普段の生活や暮らしがいかに大切であるかを再認識させられている。地域デザイン研究会が求めてきたのは一言でいえば「不易流行」であり、虚像に惑わされることなく本物を求めることの面白さが年齢や職種などを超えた多才な会員の皆様の賛同と共感を得たのではないか。これからもこの理念が受け継がれていくことを願っている。


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