巻頭言

都市の活性化とは

地域デザイン研究会 代表 平峯 悠

 ここ2、3年街を歩いていて気になることの一つに、大阪人の顔つきが変化しているということがある。朝のラッシュ時の電車内や地下街を歩いている人の表情は極めて暗い。前方3mの地面を見つめ、うつむき加減、周りに殆ど興味を持たない無表情でうつろな目つきの人が多い。男女は問わないが若い人に多いのが目につく。最も昼間外出している中高年の御婦人達は大変元気で、おしゃべりに興じ、積極的な行動をするのは変わりがなく、悪く言えばやかましくて騒々しいといっては失礼か。

 東京から来た人が最近大阪は活気がないというのでどこからそのような評価がされるのか疑問であったが、ビル建設や道路工事等いわゆる公共投資の減少だけでなく、生活し仕事をする人々に問題があると思われる。昔から関西人は歩く速度は速く、がさつでやかましいが、活気があって面白くユニークであるというのが特徴であった。

 先日台北市を訪れたが、全体的に年齢が若いということもあるが、人に興味を持ち人の目を見て歩き行動している。高崎山のサル群の長であったボス猿がカを失い仲間はずれにされると、前かがみで口は半開き、オドオドした表情で辺りを窺うというテレビの映像が映し出されていたが、人間も気力を無くすとそのようになるのであろう。

 都市や地域の活性化や個性化が合い言葉になっているが、活性化とはどういうことであろうか。またまた広辞苑では、活性化とは「沈滞していた機能が活発に働くようになること、またそのようにすること」であり、都市や地域の持っている「人」、「物」、「金」、「情報」、「自然」、「文化」等諸機能や話要素を活発にすることである。

 京阪神の中で大阪は「商業の町」といわれ、「お金」に関する意識は高い。それだけに現在の横造不況や投資額の減少が極めて深刻となり、それが全体の気持ちを暗くさせている。さらに新聞も暗い話題だけを記事にする。確かに景気の低迷により打撃を受けているものの、独自の文化や産業等の活性化のカは残っている。大阪の潜在的な活力はものすごく大きいはずである。

 都市や地域の活性化は二つの局面がある。一つは、いわゆる人口や産業の流出による過疎地域の活性化、もう一つは、大阪のようなこれまでの日本の社会構造が崩壊した都市地域の活性化である。

 日本の過疎地域等での町おこしのこれまでの事例からは次のようなことが言えるのではないか。

 よく知られている事例としては、地元限定販売に徹した北海道優佳良(ユーカラ)織、本物が追ってくる博物舘・網走監獄、中谷健太郎をキーパーソンとする湯布院町、地元人のアイディアを集結し、多くの人を引きつける長浜市等などである。

 共通する活性化のための処方箋は、

 1)行政に頼らない民間人の自由な活動
 2)そのための各種規制の撤廃
 3)失敗を恐れない、挑戦する気構えがある
 4)自己責任の明確化

などであり、大阪都市圏の活性化にも当てはまる。

 現在の大阪は中央依存体質から脱却していない。さらにお金がかかることを極端に嫌うから、行動や考えが消極的になってしまう。行政も財界・民間も同様である。情報や知恵はたくさんあるのに、やる気のない人、マイナス志向の人が多いとそれが役に立たない。

 都市の活性化とは、突き詰めると、住み働き、生活を営む人達そのものから生み出されるものである。マスコミに認知された人だけがキーバーソンではない。関西には首都圏にはいない面白い人達は必ず存在する。人材の活用が鍵だと考える。


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