海外実践研修
〜ドイツ、イギリス〜

大阪府 友田研也

大阪府では、平成13年度から職員の政策提言に対して支援する仕組みとして『政策提言サポートシステム』を創設した。職員が集まって協同で研究を行い、政策提言をするのであればそれを支援するというものである。どのような支援があるか分からないまま、既に共同研究に取りかかっていた「大阪将来都市像研究会」を登録しておいた。

本研究会では、「大阪21世紀の総合計画において、新たな都市・生活像のガイドラインは示されたが、都市のあるべき構造や形態など府民が共有できる大阪の将来都市像はまだ不確かである」という結構まじめな課題認識から研究会を立ち上げ、議論していた。ある日突然、研究会からのプレゼンテーションにより調査の必要性が認められれば海外研修に行けるということになって、千載一遇のチャンスと思い、これまでの地域デザイン研究会で仕入れた情報を寄せ集めて、必要性を精一杯整理した。

制度そのものが出来たばかりで審査基準や予算の情報もないままで企画しなくてはならず、とりあえず4名で調査する計画を提出すれば2名ぐらい行かしてくれるだろうと提案したが、作業を進めるなかで皆が行く気になってしまって、この4名は市街地整備、中心市街地、交通政策、福祉に取り組んでおり、この4つ視点から同じ街をそれぞれ調査することに意義があると主張し続けることに苦労しなくてはならなくなった。(結果、視点の違う4名が行動を一にしたことは大変有意義であった)

本研究会が選択した都市像は、「企業・住民から選択されない都市は衰退する。既に人が住み生活が営まれている既成市街地において、生活の質的向上を図り、資源・エネルギー活用の効率性を高め、持続発展可能な『既存の生活圏の充実によるコンパクトな都市』を実現しなくてはならない」というものである。この検討の軸として、『定住』、『交流』、『産業・商業』、『コミュニティ』、『公民パートナーシップ』に着目し、<表>に示す課題認識のもとドイツ、イギリスに行ってきた。

<調査と目的>

課題

調査・訪問先 調査・訪問の目的
課題A
公民のパートナーシップに基づく地域の再生
マンチェスター市
英国海外貿易総省
○既成市街地の再生
 ・マンチェスター再開発の経緯
 (セントラルマンチェスター、サルフォード・トラフォード)
CAN(ロンドン) ○コミュニティ・ビジネスをとおした地域の再生
課題B
歴史・コミュニティ・地域の産業を活かした個性豊かなまちづくり
ダルムシュタット市 ○市中心部の再整備
 ・ルイーゼン広場を中心とした都市開発
 ・公共交通と自動車交通の調和
課題C
環境と調和し、にぎわいを支える交通の整備
ミュンスター市 ○自転車を中心としたまちづくり
 ・自転車の活用法策
 ・交通計画・交通規制等
課題D
多様な資金調達
カーディフ市
 
ウェールズ・デベロップメント・エージェンシー
○幹線道路と沿道の一体的整備
 ・事業スキーム
 ・資金調達、公民連携
パートナーシップUK ○カーディフ市におけるPFI

レポート的になってしまうが、既成市街地の再生は、民間の資金・ノウハウを如何に引き出していくかということが鍵で、その先進事例として相応しいカーディフの The Bute Avenue Projectについて、まず報告させていただきたい。

■カーディフ(幹線街路と沿道の一体的整備)

カーディフは、人口28万人、ウェールズの首都で政治・経済・司法・文化の中心であり、また、大学の街でもある。イギリスでは13番目の大都市で、最近の世論調査によるとイギリス人が住んでみたい都市の第3位になり、今後大いに躍進が期待できる都市の1つである。

もともとカーディフは、産業革命以降、炭坑都市として栄えてきたが、エネルギー源が石油に移行するにともない衰退し、港の機能は隆盛期の1/7にまで落ち込んだ。

1987年にカーディフ・ベイ・デベロップメント・コーポレーションを設立し、政府資金を導入しながら再開発に取り組んでいる。当初は、ハード中心の整備であったが、その後、雇用・住宅・リクリエーション・コミュニティ・観光など、あらゆる分野を包括的に取り組むプロジェクトとして捉えることとし、3万人の雇用、6万戸の住宅、4,000uのオフィス、50万uの産業用地を創出することとされた。

(1)カーディフ再生の三つの鍵となるインフラ

カーディフの駅北側は、旧市街地と街の中心として発達してきたが、南側にあってはスラムが広がり安全性からも都市景観からも街としての魅力に欠けた市街地であった。このため、本市街地とカーディフ・ベイを一体的に再生することについて検討し、次の3点が計画上の課題として捉えられた。

@ 豊かなウォーターフロントの創出:常に港を海水で満たすための堰の建設

A 市域外からも人を呼び込むための高規格幹線街路の整備

B 街の中心地とウォーターフロントを結ぶ魅力ある幹線街路(Bute Avenue)の整備

@、Aについては、行政主導で整備を進めるが、Bについては、(a)駅の南側に人を呼び込み、住ます(b)カーディフ・ベイとのリンケージを図る(c)賑わいがあり、人が歩きたくなる街路空間を創出する―ことから、民間事業者と一体的に整備することを計画した。

(2)The Bute Avenue Project(事業スキーム)

街路には、通常50年〜60年の管理期間を伴うため、政府は、高品質の街路の整備にあたっては、プライベート・ファイナンスで整備することを申し入れてきた。市と民間の交渉のなか、図に示す事業スキームが成立した。

ここでCity link Limitedは、建設会社・民間デベロッパーからなる本開発のための特定目的会社であり、街路の建設、25年間の街路の維持管理、沿道での住宅供給、オフィスエリアの開発を£500万/年で行うことを地方開発庁(Development Agency)と契約(街路整備はPFI事業、沿道整備はCity link Limitedと開発庁の契約事項)している。City link Limitedは、土壌汚染など建設に際する予測しがたいリスクを全て負担しなければならず、また、需要があるにもかかわらずオフィスエリア、住宅の建設を行わなければ、支払額は減額されることとなっている。

さらに、オフィスエリア、住宅供給にあたり、その利益が契約時の基準額を上回った場合、その差額は市とCity linkで二分し、下回る場合にはCity linkの負担とされた。


The Bute Avenue

一方、メンテナンスを効率的に行うことで必要経費が軽減されれば、City linkの利益は増し、通常の建設利益が4%であるのに対し、本事業スキームによる利益は、10%に及ぶと予測されている。なお、ノルウェスト・ホルスト社は、本事業においてCity linkの一部として事業全体の引っ張り役を務めるとともに、City linkとは別に建設会社としての役割も担っている。

本事業における街路整備、住宅供給は当初計画より3年早く完了し、オフィスエリアについても、当初計画の13,500uから18,000uへと拡大され、需要は確実に上がってきている。本事業スキームにより、市のリスクは確実に民間に移転されることとなり、財務省においても革新的と評価され、他の事業への展開か期待されている。

(3)PFIから公民パートナーシップへ

本事業におけるプライベートセクターの導入の目的は、以下の4点にあった。

@ パブリックセクターの負担となる資金の軽減

A 政府のバランスシートの平準化(公的債務を減らして、政府の借り入れを減少させる)

B 街路整備だけでなく沿道における建築物整備、地域開発を共に行い最大の効果を引き出す。

C 沿道の土地利用・リスク移転を実現するために民間とのパートナーシップを築く。

このためには、@民間の収入を維持させることA長期間におよぶ投資と消費を促すこと―の2つの問題を解決する必要があり、これに係わる非常に多くの契約を公民で結ぶこととなる。当初のPFIは、政府のバランスシートの改善(上記@A)が主目的であったが、今日では、サービスの質を向上させることに政策としてのポイントが変化し、最大の効果を引き出すために公民が如何にパートナーシップを築いていくかということが課題となっている。そういう意味で、PFI手法を安上がりのための手法と捉えず、建設・運営に厳密さを与えるとともに、政府からリスクを最も適切にコントロールできる主体に移す手法と捉えるべきである。

■雑感

その他、ミュンスターでは、1947年から自転車利用を促進し、自動車交通を抑制する施策が導入され、社会実験を積み重ねながら歩行者と自転車、自動車が共存できるルールを築き、自転車を中心としたまちづくりを実現している。また、ダルムシュタットでは、郊外への大規模SCの建築許可申請を受けた都市計画局の職員が、都心の衰退を危惧し、市長、議会を説得し、都心の一等地にあった市有地の売却を条件にそのSCの都心への誘致に成功している。


プロジェクトを記したプレートには
プランナーの名が記されている

どれをみてもコンセプトがしっかりしており、説明いただいた方々からは『マスタープラン』といった言葉を誰からも何度も聞かされた。また、日本のマスタープランもご存知のようで「我々がマスタープランを作成する場合には物理的・経済的・社会的側面からアプローチしている。日本のマスタープランはハードに偏り過ぎている。日本にはマスタープランを創れる技術者がいるのか。

我々が日本へ行って、全てとまで言わないが一部でも作成するのを手伝ってもよい。」と頂いた。

さらに、ダルムシュタットでは、「あなた方は、今回ドイツの良いところばかりを見ている。実際にドイツ人が、また、ドイツの技術者がどのような生活をしているかを見ておく必要がある。」といって自宅まで呼ばれた。彼らは3世代にわたり家を改築し、その記録を留め、誇りとしている。仕事が終われば家や庭をいじり、家族と時間を過ごし、外食をすることなどはめったにない。生活も持ち物も質素である。

しかし、彼ら都市プランナーの地位は高い。プロジェクトに一貫して取り組み、その街に個人の名が刻まれる。そして、次にしなくてはならないことも、きっちりと考え、不埒な一時の潮流に流されない。消費社会にどっぷりと漬かっているアメリカ・日本とは違う先進国の姿がここにはあった。


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