ヨーロッパ大遠征穎末記(W)

阪神高速道路公団 中尾恵昭

守口市 吉川一典

イタリア(ヴェネチア)

1月10日9;45 OS(オーストリア航空)213便ウィーン発
 10;55 マルコポーロ空港着

ウィーンを飛び立つとほどなくアルプス山脈が見えてきた。雪を頂いたその姿を見ながらスチュワーデスから貰ったフルボトルのワインを空にすると、ヴェネチアの街が上空から見えてきた。空から見る水都ヴァネチアは、さながら水に浮かぶ「要塞」の様であった。レンガ色の街並み、その中をカナル・グランデ(大運河)が大蛇のように曲がり、のたうっていた。マルコポーロ空港に降り立ち、シャトルバスでローマ広場へ。一泊分の荷物をリユックに詰め、スーツケースを次の都市フィレンツェ行きの出発地サンタルチア鉄道駅に徒歩で預けに行く。ここは車のない街。交通手段は船か歩くかである。主要観光ポイントは、直径2kmの範囲に納まっており、その真ん中を逆S字型に大運河が貫いており、街の中を網の目のように運河が走り、街区は無数の橋でつながっている。

駅から水上バスに乗ってカナル・グランデを悠々と進む。カナル・グランデに面した一等地にヴェネチア貴族のステータスシンボルである奢侈な邸宅、商館が立ち並ぶ。ほどなくしてカナル・グランデがとぎれるところに着く。そこはビザンティン様式のきらびやかなサンマルコ寺院。ドームの中はびっしりと金色のモザイク画で覆われている。何とも壮麗にして華麗。

十字軍遠征の際、コンスタンチノープルから持ち帰った4頭の馬のブロンズ像が当時を物語っているようだ。その横に威容を放つドゥカーレ宮殿。ヴェネチア共和国総督の官邸であるとともに立法・行政・司法の庁舎で、訪れる各国大使や高官を威圧するために設計されたというほどあって、荘厳で共和国の栄光を見せつけた富の象徴に見えた。そこには東西貿易の中継基地としての都市国家、栄光のヴェネチアがあった。カナルを挟んで隣は牢獄になっており、「なげきの橋」で結ばれている。ドゥカーレ宮殿の法廷で有罪判決を受けた罪人が牢獄へ向かう途中、この橋の窓から外を眺めながらため息をついたという。下に降りるとそこにはサンマルコ寺院が広がっている。共和制時代の政治・宗教の中心地であり、ヴェネチアの誇りであるサロン。ハレの場であり、まさに名にしおう「世界の大広間」。また時には罪人の処刑の場でもあったという。

この広場が度々冠水して運河同然になり、建物に被害が及んでいるという。もともとヴェネチアはアドレア海に注ぐ河川が形成したラグーンに夥(おびただ)しい杭を打ち、石、煉瓦を積んで土地を生み出したもので、昨今高潮による危機が叫ばれている。事実、われわれが行ったその日も移動できる木製の渡り廊下が置いてあり、舗面には潮が引いた形跡があった。

そこからいくつもの路地をすり抜けてリアルト橋へ行く。これは大運河のほぼ中央にかかる最大の橋で、橋の上の左右両側に店舗が軒を連ねる。次の都市フィレンツェのポンテヴェッキオ橋もそうで、日本では希有である。人の集まる橋に市場が立ち賑わう。ごく自然な発想である。

ともかくホテルへ入ろうと探すがなかなか見つからない。まさに迷宮の所以。地図を片手に地元の人に聞いてやっとたどり着く。路地に入って間口一間ほどの入口の奥にその2ツ星のホテルはあった。チェックインを済ませ部屋に案内された。2人で1室。確かツインのはずだが、狭い部屋にそんなに大きくないベッドが1つ。これがツインだと言う。話が違うと掛け合うと、渋々部屋を4つ用意してくれた。言わなければ男2人で1つのベッドで寝る羽目になっていた。少し落ち着いてから再び街に出かけることになり、貴重品をセーフティーボックスに入れようとフロントに行ったところ、後でポリスが見分に来るから「パスポート4人分を自分に預けろ、チェックアウトの時に返す」と言う。そんなはずはないと言っても預けないと外出できない。不審ながら渡すと無造作に下の棚にほうり込んだ。後ろ髪を引かれる思いで街に出る。大丈夫だろうか。

再び街に出て、曲がりくねる水路と路地を探索し、市民生活の区域に入る。路地を行くと要所要所に光溢れる小さな広場がある。そこは子供の遊び場、主婦達の社交場、老人の憩いの場となる公共空間。旅人にとってはさながら迷子がたどり着いた迷宮のオアシス。

次にリアルト橋のたもとへ行き、ゴンドラに乗ることにする。どこからかカンツォーネが聞こえてくる。

縞のシャツ黒いズボンに帽子姿の漕ぎ手に値段を聞くと1人10万リラと言う(1000リラ=63円)。結局4人で15万リラで交渉し乗船。カナル・グランデ、狭い水路を巡る1時間足らずの“旅情”を味わう。水路沿いの住宅は浸水のため空室が目立ち、1階はほとんど住んでいないという。夕暮れになると街の光が水面に映え、異国情緒に溢れロマンチック。恋と遊びに放蕩した色事師、カサノヴァの気分がよぎる。今度は黒いベルベットを纏った白い仮面の妖精たちが街中を埋め尽くし、街中が舞台と化す妖しい祭り『ヴェネチアのカーニバル』に参加して、仮面を被り自分が自分でなくなる快感を味わいたいと妄想する。まさにヴェネチアは官能美に溢れ、非日常的で演劇的な舞台都市。異邦人誰もが酩酊を覚えそうだ。

夕食は路地の中で見つけた地元の店で、リゾット、パスタをはじめとする本場イタリアン・シーフードとワインを味わい、酩酊する。

こうして男4人の“妖しくない夜”が更けていく。(つづく)


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