まちづくり概念としての文化と環境

吹田市市民文化部長 冨田雄二

1 ヴュルム氷河期後1万年

なぜ氷河期が周期的に地球を覆うのか?東京大学生産技術研究所教授山本良一先生によれば、地球の太陽系円軌道が10万年周期で太陽から17000キロ離れた楕円軌道を描き、それが氷河期の原因だそうです。ちなみに、最近の氷河期であるヴュルム氷期には、海水面が100〜140mも今よりも低く、瀬戸内海は平均水深38m、大阪湾が平均水深30mほどなので、陸地だったことになる。

16万年前に遡って南極の氷の気泡を調べた科学者がおられて、ヴュルム氷河終期時のCO2が200PPMで、産業革命時に約1万年かけて280PPMに増加し、産業革命後はわずか200年間で、CO2が80PPMのアップの360PPMになっていることが分かりました。この1万年で気温は3〜6度上昇しました。地球温暖化の主原因は、CO2・メタン・フロンと言われ、次の100年で2100年までには温室効果が促進し、気温が5.8度上昇、海面が88cm上昇(1m説も含め様々なデータがあります。)すると予測されています。

その結果、海水面上昇に伴う「地下水の塩水化」による飲み水の危機や、一万年かけて緩やかに形成されてきた様々な「生態系の急激な崩壊」等による食料生産の危機、世界的規模で都市部生活基盤地域のかなりが水没するのは、ご承知のとおりです。

JT生命誌研究館の中村先生によると、「飲み水の危機の到来とともに、1トンの農作物を生産するのに、100トンの水が必要であること、それに日本の場合、食料輸入4500万トン・国内生産1000万トンのうち、未消費廃棄が1500万トンで、有機物である農業廃棄物も焼却廃棄されており、活用不能なCO2増加を指摘しています。近代化のため、ルネッサンス・宗教革命・市民革命・産業革命・科学革命と次々に、人類は時代をくぐり抜けてきたが、解消し得ない何万という化学汚染物質と地球温暖化という人類の生存にかかわる「ルビコン」を目前にしているのです。

2 LRT(Light Railway Transit)

フランス交通法(LOTI)は当初エネルギー対策の視点の交通法であったものが、1996年の大改正で第1条として、「汚染物質の放出、地球温暖化ガスなどの制限、減少を目的として、すべての利用者が移動すること・・」と定め、フランス都市計画法と連動したものとなっています。1997年COP3の前に大改正を実施し、IPCCのCO2削減提案に対し、他のヨーロッパ諸国同様独自の削減目標を設定しています。そこで国家政策の一環としてのLRT(Light Railway Transit)が明確に位置付けられ、パークアンドライドとしてトランジットモールの交通政策が、人に優しい都心活性化策、コミュニティルネッサンスとして実施に移されています。

フランスのリヨン、グルノーブルをはじめドイツのブレーメン、マンハイムなど、ヨーロッパの多くの町で実施されています。

ここで学びたいのは、国家的政策として地球環境的視点がきっちりと押さえられていることと、コンセルタシオンの手続きを経て、都市計画として市民合意されれば、必らず実施されていくということです。

車という機械が町中から排除され、歩行者が主役のまちに帰っていく。LRTを導入したヨーロッパのまちでは、日本のような仮の歩行者天国ではなく、おかあさんは赤ちゃんを連れ、老いも若きもユックリと歩きながら、街を楽しみ、高機能化・無機質化した建物から、ゆとりや暖かみのある街へと、緩やかにシフトしていこうとしています。そこでは、公共空間を単なる景色ではなく、人間の生活に奉仕する公共財産として認識されはじめています。ドイツでは私有財産域であっても公共的景観域(Kurtur Landshaft 和歌山大学神吉紀代子博士)として、文化そのものとしての試みが行われています。

3 まちづくり計画としての文化・環境

セーヌ県のオスマン知事が、疲弊し荒れたパリのまちの再開発計画を行い、1875年その一環として、コンペにより選ばれたシャルル・ガルニエの設計によるパリのオペラ座を建設したのはご承知のとおりです。パリの街の直線と曲線を軸に、文化の装置を配することによって、花の都・文化のまちパリを再生させたセーヌ県のオスマン知事は、まちづくりの芸術家であったと思います。

関経連の「関西経済再生シナリオ」のなかで、文化について触れ、創作活動を支援し、優秀な人材を引き付ける文化蓄積の仕組み作りも必要だとしています。

関西経済同友会の「生活首都大阪の構築に向けて」のなかで、都市における文化的魅力こそが、都市間競争を生き抜く決め手となるとしております。「文化的魅力こそが」と表現しながらも、混沌として抜け道が果たしてあるのか?とも思える経済環境のなか、残念ながらその陰りを禁じ得ないのは私一人だけであろうか。

文化・環境という言葉のイメージについてですが、平成10年・13年に吹田市の市民意識の調査を行いました。両調査とも同様の結果傾向を示し、平成13年度調査の概要をご紹介しますと、文化という言葉から連想されるものとして、3つまでの複数回答による集計では、70%の方が「美術、音楽などの芸術」、63%の方が「歴史的遺産」、37%の方が「祭りや行事」でした。

その他に、「学問・教育」などを連想されたのは30〜50歳代の女性に多く、「科学・技術」は60歳代の男性、「都市デザイン」は50歳代の男性、「生涯学習」は60歳代の女性に多くみられました。そして市民が、文化振興のため行政に何を希望しているか?については、ひとに優しい都市環境の形成がトップの39%、2位が文化施設の整備・充実35%、3位が文化情報の提供34%、都市景観の形成と町並み保存が共に28%となっています。

これはこれまで各市・町で盛んに試みられている「まちづくり」の方向性の検証であると同時に、進むべき方向のヒントを示しているのではないかと思います。

4 環境との共生というロジック文化・環境のまちづくり

1902年にエベネザー・ハワードのGarden Citiesof Tomorrowが著され、明治39年・1906年に当時の内務官僚によって、エベネザー・ハワードが言う「都市と農村の結婚」が日本に紹介されました。

明治10年・1878年には、京都・大阪・神戸間に国鉄が開通し、明治38年・1905年には摂津電気鉄道(現・阪神電鉄)大阪〜三宮間が開通し、1908年に阪神電鉄は「市外居住のすすめ」を刊行。京阪電軌鉄道によるまちづくりと平行して、1909年(明治42年)箕面有馬電軌鉄道(現・阪急電鉄)による池田室町の住宅分譲などを行い、「美しき水の都は夢と消え、空暗き煙の都に住む不幸なる我が大阪市民諸君よ!」と挑戦的キャッチコピーをぶっつけるのであります。大阪型ともいえる民間主導型の京阪神沿線開発競争が始まりました。

その後の大阪住宅経営株式会社による千里山住宅開発によるまちづくり、株式会社六麓荘による六麓荘開発等々京阪神の都市開発は、なによりもエベネザーハワードの影響を強く受け、さらに宝塚歌劇、宝塚遊園、枚方パーク、千里山遊園( 今はありませんが)等々文化やアメリカ型アミューズメントを意識したことに特色があり、阪神間モダニズムへと発展するわけですが、ボーリスによる建築設計・スパニッシュ風建築・独特のライフスタイル・京都の伝統文化が、今でいうM&Aを繰り返しながら京阪電軌鉄道・摂津電気鉄道(現・阪神電鉄)・箕面有馬電軌鉄道(現・阪急電鉄)などの鉄路により、京阪神特有の文化・環境を形成していったと思います。20世紀初頭の先人の、熱気・意欲・野望というものに魅力を感じます。

英国レッチワースは質的転換を繰り返しながらも、コンセプトを大事にし、2002年で100年を迎えました。

日本でのアーバンデザインを議論する際には、E・ハワードの意図したことを、素直に見直してみることが必要と思っています。大正2年1913年には、後の大阪市長 関一は、一橋大学教授時に田園都市と郊外都市の相違を指摘しています。

1903年に建設の開始されたレッチワースや、1946年英国ニュータウン法以後のニュータウン、特にレッチワースやエルウインには、環境という明確な「まちづくりの理念」が感じられますし、一方、技術理念や経済理念にウエイトシフトした、日本の戦後の都市開発には環境、暮らし、ゆとり等に欠ける面が多分にあります。千里山、千里NTは、英国という共通のルーツを持ちながら、異なったルートで形づくられ、とくに後者は1946年英国ニュータウン法とアメリカ型近隣住区理論に影響を受けていると思いますが、ともに再生と言うテーマに向かいつつあります。

往時は文化と環境は、同族語ないし同類語であったと思います。公害という劣悪な環境の一時期を克服し、再び同心円をめざし始めています。区画整理や都市再開発の手法で自然環境あるいは循環を矯正しての「まちづくり」は、本来の共生といえるのか。古代河内干潟の洪水からムラを守るための大川の掘削や、1704年の河内平野の新田開墾による食料増産をもたらし、低地の洪水対策としての、旧大和川付け替えの新大和川の開削大事業とはわけが違うと思います。

5 都市計画の上位概念としての文化、環境(都市機能)

総合計画とは、地方自治法第4条に規定される「市町村は、その事務を処理するに当たっては、議会の議決を経てその地域における総合的かつ計画的な行政運営を図るため基本構想を定める」こととされるもので、自治体の長期を見通した経営の基本を確立するためのものです。

通常、総合計画基本構想に加え、基本計画と事業の実施計画が連結される構成をとる。1969年改正自治法で基本構想が制定された頃は、文化なり福祉なりを、総合計画基本構想の柱として位置付ける傾向が見られてきたが、、地域の特性に応じ各自治体で様々な都市像・理念の構成がとられるようになりました。

都市計画とは、都市における政治・経済・文化等の活動が最も合理的に発揮され、これら活動を支える生活環境を良好に保全するための総合的まちづくり計画である。土地利用・都市施設・市街地開発事業から構成される。ところが「まち」は生きものである。いかに土地の用途を計画付けても、そうは計画どおりにならない。都市機能として、生産機能・居住機能・消費機能・移動機能など合理的に機能配分してもである。

都市機能の横断的機能として、都市の装置としての文化から、都市の文化・環境機能への意義付けを提案したいと思います。

生きものである「まち」は、いたるところがそうですが、例えば商業地域・近隣商業地域を核とする吹田市江坂地域でも、現に旧街道という歴史があり、旧家があり、どういうことか田んぼまで残ってる。画一的でないマダラな街って、理路不整然としながら、人の感性に受け入れられる町こんな進歩性と歴史と意外性の混在したまちは、面白いし魅力的です。多様性のない都市は死んでいる、と1961年にJ・ジェコブスが警告しています。40数年も前に。(アメリカ大都市の死と生・・黒川紀章訳)2002年度の都市計画法、建築基準法の改正による、新総合設計制度や都市再生緊急整備の特別措置は、経済対策としてなされたもので、それはそれで評価もし期待できるものです。しかし「まちづくり」にどんな影響を及ぼすか平行して検証・研究する必要があります。

建築基準法等の一部を改正する法律は、条件付きではありますが、住民の自主的まちづくりの推進や地域の活性化を図りやすくするため、土地所有者、まちづくり協議会、NPOが都市計画の提案ができることになりました。また民間事業者は、都市再開発法の改正で市街地再開発事業者となれるようにもなりました。

1400兆円にのぼる個人金融資産の経済対策への誘導という経済戦略とは別に、制度として住民と行政、デベロッパーがまちづくりのテーブルを設定できるものとして、文化・環境のまちづくりのキーとして評価したいと思います。


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