理想と現実―いかにして社会的ジレンマを解消するか

地域デザイン研究会 代表 平峯 悠

内外価格差があるため西欧に比べ豊かさを実感できない、地価が高いため良好な住宅が手に入らないし都市計画や公共事業も進まないと嘆いていたのはつい最近である。物の値段を下げるという国民的目標が現在結果的に実現すると、今度は不良債権が増加する、デフレ傾向で企業の収益が激減する、税収が落ち込み財政難になると諸悪の根源のような言い方がされる。さらにこのような状況に陥ったのは「政府」の無策にあると責任転嫁する。一体どうなっているのか。一方、道路の渋滞解消や大気汚染を少なくするためには、皆が意識してバスや鉄道等を利用すればよいし、そうすることによって利用者が増え公共交通機関の拡充・整備につながることは分かっている。またダムや高速道路の建設を抑制すれば自然環境の保全にはよいことも分かっている。その他土木事業、自動車の社会的費用、エネルギー問題(原子力・太陽光・風力発電所問題)なども、頭ではこうすればよいと理解していてもいざ実際問題となると調整がうまくいかず、社会問題となってしまう。

このように社会の理想とするところやよいと分かっていることが現実には達成できないし、仮に達成できたとしても問題が生じてしまうことを社会的ジレンマという。社会的ジレンマは個人の利益と全体の利益との葛藤・調和の問題であり、人間社会にとって根本的な問題である。古代中国でも理想と現実の間の矛盾をどのように調和させるかは多くの思想家により議論されてきた。人間社会は「徳」によって収めるのが理想であるとした儒教では、原理・原則とその例外措置を臨機応変にまた融通性という視点から融合しようとした。

一方、名(名目)と実(実質)は一致しなければならないとする「名実論」の中で、韓非子は「法」によって一致を実現しようとした。法の世界では一切の例外を認めるべきではなく人間感情はさしはさむべきではないとする。

以来多くの思想家や為政者は理想と現実を一致させるための方法を模索してきた。理想と現実の一致を求め、社会的ジレンマに対処するための方法や考え方としては@教育の徹底:道徳、環境特に公共事業の「公」等の教育。

A法律制度の強化:法律によって細目を定め、その厳格な執行を行う。

Bアメとムチ:社会に協力する人に報酬を与え、非協力的な人々に罰を与える。

C社会実験と動機づけ:実際に社会的ジレンマがどのようにして生ずるかを実験する。

等が挙げられるが、全体主義的な思想教育に傾いたり、監視と統制のコストの問題、難航する合意形成等の問題があり、必ずしも有効な方法ではないと考えておかねばならない。

多様化した人々の集合と流動性の大きな現代社会では矛盾やジレンマが処々で顕在化するが、小さな伝統的共同体では、相互の協力関係上に成り立っているため、ジレンマが発生しにくい。この原点に戻って考えるならば、一定地域での社会実験や試みが有効だと考える。その意味では、最近の地方のユニークな首長による改革の試みと動きは注目に値する。住民投票、情報公開、事業評価制度、政策綱領(マニフェスト)の導入などは、地域全体としてのジレンマを解消し社会の求めるところを一致させようとするものである。

地域デザイン研究会という共同体の目的或いは目指すべきところは事例調査・研究を通して個人個人が社会に貢献することである。地方から日本を変えるという意識は現在極めて重要であり、NPOとしても積極的に参加応援したい。各人の意識した行動と実践、それが社会的ジレンマの解消につながり、理想と現実を近づけるものと考えている。


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