悠悠録

ハーベイ・ロードの僭見

地域デザイン研究会 代表 平峯 悠

宇沢弘文氏の「経済学と人間の心(東洋経済新報社)」のなかで、“ハーベイロードの僭見”という言葉に出会った。ハーベイロードとは、20世紀最大の経済学者ケインズの生まれ育ったイギリスのケンブリッジにある閑静な住宅街の名前だそうな。イギリスでは、少数の「知的貴族」即ちケンブリッジやオックスフォードというエリート大学を卒業し、一般大衆より優れた知性、知見を持った政治家や官僚が政治的決定を行ってきた。そのことがイギリスの素晴らしい発展をとげたというのがその政治思想である。

日本の場合、つい最近まで、東京大学法学部を頂点とする「霞ヶ関エリート官僚」が政策決定の中心であり、政治家や財界でさえリードする存在と見られ、また国民もそのように認識していた。今話題の藤井前道路公団総裁も「ハーベイロードの僭見」の担い手と自負していたことは間違いない。しかしそのエリート神話は、政策の失敗の繰り返しと共に、ノーパンしゃぶしゃぶ事件、薬害エイズ、厚生年金・福祉行政の乱脈ぶり、外務省の拉致問題への対応、狂牛病対応、警察の腐敗、際限のない公共事業の拡大等により一気に崩壊することとなった。難しい試験に合格した人=エライ人、有能、任せておけば大丈夫とし、官僚の存在をもてはやしてきたことが裏切られた。江戸時代は260藩の官僚と幕府の官僚が並行して存在する政治形態であったが、官僚は「侍」であり、武士道に基づき自らの果たすべき義務をしっかりと律していた。現代の官僚は社会正義に対する意識も低い、思想、信条、人間性の深みに欠けていると宇沢弘文氏は酷評する。それではどのようにすれば日本の「ハーベイロードの僭見」を再生できるのか。市民・住民主体の政策に転換し民意を反映する、優れた政治家を選出し、政治家を中心とした政策決定に転換するなど差し障りのない意見もあるが、日本の場合、政策決定に影響を及ぼす有能な公務員(官僚)は不可欠な存在であり、どうしたら官僚を活用できるかを考えるべきである。

第一は、優れたリーダーを選出し活動を促す。このことは首長の指導力により知恵を出しユニークな地域づくりを行っているなどは良い事例である。大統領制度の導入もその一つである。第二は、環境、自然保護、福祉、物づくり、地域づくりに永年携わった人達を政策決定の責任者として任用し支える。第三は、意思決定のための代替案を重視する。役人が政策判断資料を作成する場合、条件の違いによる2〜3の代替案を提示し、それを意思決定の判断材料とするというシステムを再構築する等であろう。

一方、地方分権社会にあっては地域独自の「ハーベイロードの僭見」があってもよかろう。大阪市長、知事は新たな任期を迎えるが、大阪の将来政策はどのようにして決められるのであろうか。大阪は御堂筋の界隈に緒方洪庵の「適塾」、町人学者山片蟠桃を輩出した「懐徳堂」などがある。その伝統を生かし「御堂筋の僭見」といわれる人材が育つことを願っている。地域デザイン研究会の事務所も御堂筋界隈にあるのですが、いかがでしょうか。

*僭見=presupposition(いろいろなことを考える前提条件)


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