「ユダヤ流逆転の発想」および「里山の維持・復元」について

(株)地域都市計画センター・コア 小山二生

「目には目を、歯には歯を・・・・・・」。この句はよく知られ、気軽に用いられている。新聞・雑誌などの見出しなどにもよく使われ、それは何かの「仕返し」として理解していた。「ユダヤ流逆転の発想」という本を読み、実は「仕返し」とは全く逆の意味をもつ表現と知り、それを紹介しようと書き出した。

同書には、「目には目を、歯には歯をもって償わなければならない」とあり、「仕返し」ではなく、自分の与えた害を同じもので「償う」ということであった。

つまり「報復」ではなく「償い」。相手に与えた損害や痛みをそっくりそのまま我が身に引き受けようという姿勢である。また、「右の頬を打たれれば左の頬も差し出す・・・・・」の句もよく聞くが、これはイエスの説教の中から始まり、聞き手の多くは下層民(貧しい職人、小作農民、肉体労働者)などであった。

不在地主の命を受けた管理人は、気に入らないからといって小作人をぶん殴る。小作人が雇い主側に手を上げることはまずありえないから、殴られるのはいつも小作人の方だ。殴られることは、いわばどうにもならないことだったので、いっそのこと他の頬を出すことで殴られる数を少なくするための知恵であった。イエスも同様貧しい大工の子供であった。私はユダヤ教の信者でもないので、これ以上この本の紹介はやめておきます。

ページが埋まらないので最近の自然感「里山」について引き続き書きます。私(都市住民)の自然は里山にあるのではないかと思っている。里山という呼称は、京都大学名誉教授の四手井綱英氏が作りだし、人の住む里に近い山を里山と呼ぼうと1960年代に命名されたそうである。私は、大阪を中心に見た周辺の山々は里山に近いと思っている。里山には雑木林や草花、鳥獣類等多種多様な生物が生息している。最近では、ハイキングや自然保護、キャンプ、レジャーなど、都市住民が唯一自然との関わりを持つ場でもある。

この雑木林が生えているのは、明るく光がよく当たる土地に生える樹種だ。しかも、土地は痩せている方を好むものが多い。アカマツなどは典型で、岩がむきだしのような土地でも生える。しかも成長が比較的早い。クヌギやコナラ、カシなどにも似た点がある。

ドングリも光を受けてすくすく育つ。しかし、先に木が繁っていると日陰になるため、育ちにくい。だから、定期的に雑木林(クヌギ、コナラ、カシ→炭)などの伐採により、暗くなりかけている森を再び明るくすることにより、この森が維持される。

草の中にも踏まれて堅くなった土地を好んで生える種類がある。山道を歩いていると時々道が消えてしまうことがあるが、そこで行き先を見分けるポイントがオオバコだ。この草は踏まれて堅くなった土地に根付く。だから道端に多いのだが、オオバコが生えていることから、以前人のよく歩いた道であることがわかる。

また、草木の葉や花、実などをあてにしている昆虫や鳥獣類もいる。クヌギやコナラ、カシなど木の実がなる木にはリスなどが生息する。更に草木や小動物を餌とする鳥も数多く来る。


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