技術者の良心

 鎌田 徹

 何とも唖然とするニュースは、姉歯建築士による一連の耐震強度偽装事件である。

 なんでこうなったか。 技術者の良心より、属しているグループの流れを優先した。

 「それはできません」と言って断るのは勇気のいることだろう。しかし、あとになって、結局自分の人生、名誉そのものを失ってしまうことになる。そのことがわかっても、もう遅い。

 雪印食品での「牛肉の詰替」でも、「会社のため」ということで、誰一人「こんなことはやめよう」とは言わなかった。結局これも、会社の信用がなくなり、2002年4月廃業、解散している。(精算終了は2005年8月12日だそうだ。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 「安全」という問題に関係する重大な偽装をやってしまうまえに、なぜ「ノー」と言わないか。強い倫理観と勇気が必要である。これが、結局自分にも降りかかる。ヒューザーの小嶋社長や、木村建設の木村社長が悪いのは言うまでもないが、これに追随して、技術者の良心を捨て、そのまま行ってしまうのは、いかにも情けないと思う。視野を広げ、経営や、販売面も把握した上で、技術者としてものを言うことが必要と思う。戦後教育が悪いのかよくわからないが、なにか風潮がおかしくなっている。 ある現場を監督していたとき、ベノト杭を監督者の検尺なしに請負業者がコンクリートを打ってしまったことがあった。私は、おろおろしていたが、一緒に監督していた先輩が、「やり直し!」と、はっきり言ってくれた。業者も、「わかりました」と言って、掘った同じグラブで、鉄筋もろとも全部掘り下げて、再度コンクリートを打った。この先輩は私より10歳年上だったが、大変大きな教訓を与えてくれたと思っている。
 耐震強度偽装事件は、意図的な犯罪だが、それとは少し趣は変わって、失敗の話をしてみたい。物事を行うのに、失敗は付き物である。2003年8月に発生したRDF発電施設の爆発事故がある。(RDF方式によるごみ処理→発電のシステムが環境にとって効果的であるかどうかは評価の分かれるところである。ダイオキシン発生をさけるため、小規模のごみ処理に対して、固形燃料化して、これを発電施設へ搬入し発電する方式がRDF発電システムと理解しているが、一方で「ごみからごみを再生産しているにすぎない」「RDF処理施設から発電施設への搬送に新たなエネルギーを要する」という問題もあり、最終的にどのシステムがいいかはよくわからないところだ。)

 事故の結果は、7名の死傷者を出した大きなものだった。しかし、その事故の原因究明とその後の対策について、オープンに議論され、それがシステムの改善に生かされ、現在も順調に稼働しているようである。(http://www.pref.mie.jp/rdf/HP/dayori/18(200512).pdf)

 別の事例だが、国道のPC高架工事で、竣工間もなく、大きなひび割れが生じたことがあった。PRC工法といって、より多く鉄筋に荷重を持たし、多少のひび割れは許容する工法であるが、それが、予想に反して、大変大きなひび割れが生じた。

 国土交通省は、その事実を公開し、学識経験者を含む委員会を設けて検討し、原因と対応方針について、一定の結論を出した。(この件、やり直すとなると十数億円の補償工事を伴うことになり、現時点では、関係者間の合意がなされていない)

 失敗を生かし、改善、創造へと発展させることが大事である。

 三菱自動車の事例などは、失敗を隠したおし、結果欠陥自動車群を作ってしまった。

 愛知万博では、「日々改善」で、成功をもたらしたと言われている。

 「クレームを積極的に買います」という企業が出てきている。福井商工会議所では、ネット上で「クレーム博覧会」をやっていて、「苦情は次の新しい製品やサービスを生み出す為の大事な宝です。」ということで、クレームの応募を受け付け、結果の解決博覧会もやっている。

 一方で、あるアンケート調査を企画したときに、「よけいなクレームが来ては対応ができない」と、アンケートから、クレームが書きやすいような項目を消せと言ってくる企業もある。

 意図的な欠陥は論外であり、犯罪であるが、未知への遭遇による失敗は、それを生かすことにより、改善、創造へと生かすことができると思われる。 (参考:「失敗学のすすめ」畑村洋太郎) 


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