妻有郷と大地の芸術祭

住友信託銀行 今中昌男

 さる8月26日のワークショップで「身近なところから見た東京と大阪」というテーマでお話しさせて頂きましたが、その中で、あまり触れることが出来なかった妻有郷と大地の芸術祭についてご紹介します。大地の芸術祭は十日町を中心とする妻有地域(妻有郷)を舞台に、2000年に第1回が開催され、その後は3年ごとに開催される芸術祭で、私が遭遇したのは第2回大地の芸術祭になります。

 東京単身赴任中、かなりの頻度で東北、北関東の歴史的街並・民家ハンティングをしました。2003年8月23日には縮や絹織物で栄えた新潟県小千谷・十日町を探訪しました。青春19切符を使う各駅停車の旅で、JR山手線大塚駅から小千谷まで5時間半かかっています。両都市とも新潟県の街中でよく見る、積雪荷重に耐えやすいような薄っぺらいトタン屋根の妻入り町屋が少し残るくらいで、あまり街並には感激しなかったのですが、十日町の商店会の空地で白い筒を何本も立てたオブジェを目にしました。案内板によると、特定の電話番号を受信し、白い筒が発光するとのこと。そして地図を片手に歩くいくつものグループ。なにやら他の地方都市には見られない活力が感じられました。これが大地の芸術祭との出会いでした。


(松之山町・夢の家)

◎農村風景にとりつかれる

 それ以来、車窓から見た十日町周辺のかつての農村風景を色濃く残している風景にとりつかれ、2006年2月に東京を離れるまでの2年半に一人旅で3回、友人・グループ旅行で4回、ここを訪れることになり、いくつかの第1回・第2回の作品を目にし、第1回作品でもある「夢の家」にも泊まりました。

 「夢の家」はオーストリアの女流アーティスト、マリーナ・アブラモビッチが空き家となっていた伝統的な民家に夢を見るための内部装飾などを施したもので、ここでは、かつての農村社会の規律ある少し窮屈な生活を強いられます。磁石が入った宇宙服のような服を着、棺おけのような木箱に寝ます。そして、さてあなたはこのような環境でどのような夢を見たでしょうか、というわけです。棺おけに寝る「まちと宗教施設」分科会メンバーの写真もあるはずですが、門外不出扱いとなっています。

 妻有郷は豪雪地帯としてよく知られています。今年は津南町の積雪4mの映像をよく目にしましたし、隣接する秋山郷は雪のため何日間か周辺から途絶していました。この地域は造山運動により地形がしわを寄せたようになっている褶曲山地で構成され、その谷を流れる渋海川などの河川はヘアピンカーブのように曲がりくねっており、車で走っていると方位が分からなくなります。そして川の斜面を利用した、凄まじい労力をかけたことを窺わせる棚田も川の曲がりに合わせて複雑な模様を描きます。

 このような厳しい自然環境の下、小さく固まる集落には「中門造り」と呼ばれる伝統的な様式を持った農家が見られ、その多くはトタン屋根に変わっていますが、茅葺屋根のものも残っています。中門造りは、南部地方の曲家と同じく、人が生活する母屋と、母屋と直角の交わる玄関土間・馬小屋とで構成されますが、今はもう馬や牛を飼わなくなったため、馬小屋部分は玄関や物置となっています。最近建築された家も新建材を使っているものの、この伝統的な建築様式に従っており、集落全体としての景観の調和を感じます。

◎バックグラウンドは風景、自然素材、伝統産業

 大地の芸術祭はこのような風景、自然の素材、更には絹織物などの伝統産業をバックグラウンドに行われます。もともとは高齢化と過疎化が進む妻有郷の活性化策として新潟県がアートネックレス整備構想を打ち出したことに始まるようですが、その実現には今も総合ディレクターを努める北川フラム氏の活躍が大きいようです。

 各国から集まるアーティストが妻有郷760Kuのなかで、そこにある民家、樹木、草花、風景を使い作品をつくります。作品に応じた場所性ゆえ作品は点在することとなり、周遊することで、作品と同時にそのバックグラウンドとなる妻有郷そのものも体験する訳です。そして一番良いなと思うのは、作品の素材造りに地域のお年寄りから子供まで参加していることです。例えば、あるアーティストが妻有郷にある草花を使ったオブジェクトを作る場合、人々が一生懸命草花を集め、アーティストに提供するようなことです。今年の作品の一つに菊池歩さんの「こころの花-あの頃へ」があります。これはブナ林の地面に青、紫色のビーズを使った2万本の造花を植え、幻想的な空間を演出するものですが、この造花も一つ一つ妻有郷の人々が手作りしたものです。

 また、「夢の家」のように廃屋となった農家を使った作品も今年は多く、そのひとつは「脱皮する家」と名付けられ、内部の壁・床・天井すべてをのみで削りこんでいくものです。少し離れてみると削り跡がなまめかし模様となって見えたりします。廃屋が見事に変身したことに集落の人々は驚き、改めて伝統的な様式を持つ家の良さを見直します。


(こころの花(新潟県HPより))

◎地域の人々が制作過程に参加

大地の芸術祭の作品は、制作過程も含め、地域の風景、地域の人々との一体感を感じさせます。地域の人々は作品の制作過程に参加することで、自分たちの地域を見つめ直し、そして愛着を持つことでしょう。このようなことが、長い期間を経て地域の環境やコミュニティーを維持していく力になっていくんだろうな、と感じます。

 近年、パブリックアートとして、壁画など公共施設の一部の製作過程にその地域の小・中学生を参加させる活動が試みられていますが、大地の芸術祭はその規模、地域との一体性などから見て群を抜いた成功例ではないかと思います。


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