悠悠録

先達の言葉

平峯 悠

 今年の7月19日、河合隼雄元文化庁長官が亡くなられた。日本におけるユング心理学の第一人者であり、箱庭療法の普及やこころに関する多くの書を残された。私自身20年以上前に、日本および日本人の精神風土を理解するのに不可欠な無意識や自我、元型についての著書を一生懸命読んだものである。また人生の節目節目で氏のエッセイや著書にふれ、適切な指針やヒントをもらい、大いに参考になった。改めて「無意識の構造」「こころの処方箋」はじめ手持ちの著書を調べると15冊を超え、それぞれに、書き込みやそのとき重要であると考えたところに赤線が引いてある。間接的な師と勝手に思っている。

 河合隼雄氏の「生きていることがそのまま自己実現の過程」「うそは常備薬、真実は劇薬」「物事は努力によって解決しない」「権力の座は孤独を要求する」「中空構造が日本社会・組織の特質」などの多くの言葉に、私自身時に応じて、納得しながら人生の糧としてきた。心理学者としての世の中と人間をしっかり見つめてきたことから生まれてきたものであろう。文化庁長官というトップの座についたにもかかわらず、常に真摯な態度でテレビなどの座談会や討論会に出席していたのが印象的で、特に年齢が若く、表面的な論を展開する人の意見であっても、真剣にメモを取っていたのには驚かされた。人間そのものへの探究心が極めて高く、知的好奇心が旺盛な先達であった。

 エッセイの中に、「中年になっても学生のころの試験にうなされる夢を見るという人が多い。その意味するところは、人生最後の試験=「死」を迎える準備をしなければならないという警告である」という一節がある。若くして病気や事故でやむを得ず最終試験を受けねばならない人、まだまだ死には縁がないと思っていても突然やってくる最終試験、百歳近くになり試験を受ける必要のない人など様々である。しかし、全ての人間は確実に最終試験を受けなければならない。河合隼雄氏は昨年の夏、脳梗塞で倒れてから殆んど意識を回復することがなかったというが、ご自身最終試験の準備が万全であったかどうかを聞いてみたかったものである。

 これまでまちづくりを進めるにあたり、リーダーや権力というものはどうあるべきか、社会や組織の評価として「中空構造」からどの程度脱皮できているかなどを氏の言葉等に照らし考えてきたが、今は如何にして最終試験を良い成績で合格するかについて準備を進めている。しかしまだまだ勉強が足りない。

 かねてから実務に携わる人は3年先を読み、学者は10年から20年先を見通すべきと思っているが、司馬遼太郎氏、河合隼雄氏など私達が多くのことを学んだ偉大な先達が鬼籍に入られ、残念でもあり寂しい思いもしているが、幸い多くの書物などが残されているので、これら先達の言葉を反すうしながら、最終試験の受験に備えたいと考えている。


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