地域デザインの醍醐味
〜前途多難こそが楽しみである〜

小川 雅司(羽衣国際大学産業社会学部専任講師)

□ 光陰矢の如し

2002年4月、恩師の山田浩之先生(京都大学名誉教授)が羽衣国際大学の初代学長に就任されることになり、当時、山田先生のご指導のもとで博士論文を書いていた私も一緒に羽衣国際大学に着任することになった。そして、時の経つのは本当に早く、この4月で7年目の春となるが、その前に『潮騒』(No.62)に「三都物語」を投稿して、すでに6年が過ぎた。あの時も今日のように、締め切りギリギリにパソコンに向かっていたことを思い出すと、時間が過ぎたとは言え、どうも、私自身は何も変わらず、成長していないようである。

□ 専門分野の有り難さ

私の専門分野は地域・都市経済学と交通経済学、そして、ここ2〜3年はこれらを応用して、観光経済学の研究も進めている。これらの分野を一言で言えば、空間経済学と言えるが、それは経済学の応用分野である。しかも、経済学という学問体系においては、相当「マニアック」な部類に入るであろう。私の勝手な解釈であるが、経済学の「花形」は国際経済学や財政学、金融論であり、メディアでよく見かける有名教授はこれらの専門家であることが多い。

しかし、私は空間経済学が専門分野であることを非常に幸せに感じている。なぜならば、以上の経済学に比べ、空間経済学は人々の生活とより直結しているからである。国際経済学などの「花形経済学」では決して味わうことのできない楽しさ−それがフィールドワークであり、本会の活動も楽しみの1つである。そこで本稿では、私の関わっているフィールドを紹介しながら、感じたことをいくつか述べておこう。

□ 堺山之口商店街の再生

阪堺電車(チンチン電車)の大小路駅の東側に山之口商店街はある。今でこそ、多くの商店街と同じく、寂れているが、かつては現在の心斎橋筋と比較できないほど、繁栄していたと聞く。私は1年ほど前から、この商店街のアドバイザーとして、いくつかの指導を行なっている。

しかし、前途多難である。歴史的な背景から、業種構成が専門品に偏り、そして、なによりも商店街組織が貧弱である。原因はいくつか考えられるが、商店街の各店舗が「中小企業」、店主が「社長」であることが主要因ではないだろうか。この点については、大学という組織もよく似ている。つまり、民間企業と違い、トップダウンで組織を動かすことが難しく、かといって、ボトムアップに期待することも難しい。

また、商店街に再生する意欲がどれほどあるのだろうか。先日、商店街研究がご専門の先生が「商店街の多くの店主は裕福であり、再生や活性化を叫んでいるのは行政やそれに関わる大学教員であって、主人公の店主は意外と冷静ではないか」と話された。山之口商店街に関わり、1年と少しが過ぎたが、確かにその考えを否定できない部分もある。

山之口商店街はかつての環濠都市であった堺市の旧市街地の中心地域にある。旧市街地は刃物や和菓子、線香といった伝統産業が今もなお根付いており、千利休や与謝野晶子に関する歴史・文化資源もある。現在、これらを活用した都市観光型のまちづくりが企画・進行しつつあるが、山之口商店街はその再生の重要な役割を積極的に担うべきである。まちづくりが販売促進に大きく寄与することは間違いない、と私は強くそう考えている。

□ 南海・諏訪ノ森駅舎の保存と活用

ステンドグラスが魅力的な諏訪ノ森駅舎は、現在、進められている南海本線の連続立体交差事業によって、今後の存在が危ぶまれている。諏訪ノ森駅舎は国の登録有形文化財に登録され、第4回近畿の駅百選にも選ばれている。また、その周辺地域は高級邸宅街と称され、阪神間モダニズム的な雰囲気を有している。これまで、諏訪ノ森駅は私にとって単なる通過駅であったが、地域住民が立ち上げた「諏訪ノ森駅舎を考える会」にアドバイザーとして関わってから関心を持ち始めた。

しかし、こちらも前途多難である。堺市が設置した懇話会が保存と活用の1つ方向性を示したにも関わらず、地域住民の「心」が1つになりきれていない。地域で資金を集め、駅舎を保存・活用していこうとする前向きな考え方が芽生えつつある一方で、「痛い」を自ら伴わず、行政や南海に依存しようとする古い考え方が根強く残っており、時間が刻一刻と迫っているにも関わらず、課題が山積している状態である。

今後、鉄道需要も地域住民も減少し、お互いが苦しくなることは間違いないであろう。地域住民は南海のために、南海は地域住民のために、何ができるのかを今、諏訪ノ森駅舎を通じて、「腹を割って」話し合うべきではないだろうか。現在の保存活動は「保存」に力点を置いているが、駅舎保存に留まらず、駅舎やそのステンドグラスを核にした地域づくりが進めることが重要である。そのためには、まず、駅舎を保存・活用したいと考える地域住民が自立することが不可欠であり、それができた上で、足りない部分を南海や行政に求めるべきであろう。

何も難しいことはない。地域住民が駅舎を愛して、その気持ちが本物であれば、ヒト・カネ・チエは自然に集まってくるだろう。それだけの価値や魅力が諏訪ノ森駅舎にあるし、駅舎が地域住民に愛され、地域のシンボルとなっていることを、私は固く信じて疑わない。

□ 羽衣駅周辺地域:まちかど再生プロジェクト

羽衣国際大学が立地する羽衣地域は急行停車駅である南海・羽衣駅とJR・東羽衣駅の「交通結節地域」である。このように言えば、賑わいのある駅前をイメージする人は多いと思うが、実際はそのイメージを大きく裏切るであろう。本学学生にヒアリングしてみても、望ましい機能や施設が不足していることが指摘されており、抜本的なまちづくりが求められている。そこで、地域でいくつかのまちづくり団体が組織され、改善を試みていたところ、この努力が国土交通省の「都市再生モデル調査」の採択に結実したのである。そして、本学がその調査を受託研究として実施することになり、私は主査として、羽衣駅周辺地域のまちづくりに取り組むことになった。

しかし、ここでも前途多難である。原因は大きく2つである。まずは、本調査の採択は10月に決定し、翌年3月までに報告書を提出しなくてはならないことである。これでは、じっくりと腰を据えた調査研究は極めて難しく、他の地域の報告書と変わらない「金太郎飴」的な結論になる可能性がある。すでに、まち歩きやワークショップ、調査アンケート、本学学生による写真展などの社会実験を終え、報告書の作成に取り組んでいるが、刻一刻と時間は過ぎて、羽衣らしいまちの模索を欠かざるを得ない状況に追い込まれている。また、地域住民の方々の多くは、年配の方が多いこともあるが、都市計画決定による道路拡幅・建設や区画整理、再開発ビルの建設が「まちづくり」であると固執している。

本来であれば、地域住民や学生、駅利用者が求める機能や施設、そして、地域の特性や風土、アメニティを考慮した将来像を長期的な視点から検討し、短期的には、今ある都市構造でできることやするべきことをソフトな視点で捉える柔軟な考え方が必要である。本調査をきっかけに、これからどのように地域を考えていくかーまずは喧々諤々と夢を語れる「場」を私はつくりたい。

□ 本会員でないみなさまへ

まちづくりの主体は地域住民、と言われて久しいが、今後は住民によるまちづくりがさらに活発になるであろう。しかし、気をつけないといけないことは地域・まちはモノではなく、イキモノであり、ひとつ間違えれば、どのような魅力的な地域でさえも活力を失ってしまうことになる。

では、そうならないためにはどうすればよいかーまずは、地域住民が地域・まちづくりの正しい考え方や知識を学習すべきである。そして、まちづくりに真剣に取り組もうと考える人は是非、地域デザイン研究会に入会して、まちづくりの正しい「哲学」を私たちと共に考え、身につけてほしい。


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