主張

日本の技術と教育の原点

地域デザイン研究会理事長 平峯 悠

 戦後世界有数の経済大国になった日本に、じわじわと衰退の兆しがみられるという。各種の国際比較に表れているように教育の劣化やモラルの崩壊、日本が誇った技術力にもかげりが見られる。しかし一方では、ファッションやアニメ、料理、音楽、建築など私たちの身近な日本の文化が外国の人達には格好いいものとして受け入れられ流行していることから、「クールジャパン」という現象も起こっている。

  日本発の商品・製品としては、刺身、即席ラーメン、にぎり鮨等の日本食、カラオケ、マンガ、アニメ、ゲーム、ウォークマン、超小型ビデオカメラ、カーナビなどは広く世界中の人々に親しまれているのは確かである。戦後の日本は、劣悪な道路、マッチ箱のような住宅、エコノミックアニマル、猿まね技術等さんざん酷評されてきた。それを克服できたのは二千年単位で培ってきた日本の教育と技術の集積によるものである。それが最近揺らいできたことに危機感を持つ人は多い。

  日本文明がとくに優れていると主張するつもりはないが、独特の文化や技術をこの島国の中で醸成してきたことは間違いない。律令時代多くの帰化人や中国からの文化移入があったが、漢字から平仮名をつくり、大和言葉に融合させた能力は驚きであり、きらびやかな王朝文化を生み出したのは日本人そのものである。また江戸300年間は西欧文明から隔離されていながら、独特の和算や職人芸とも言われる技術が定着し、それが明治になっての西欧科学文明への円滑な移行を可能にした。

  その根源は人を一人前に育てる脅威のネットワークを持つ寺子屋にある。その数は明治16年の調査では総数11,237とあるが実態はその数倍と考えられている。徳川末期の江戸の識字率は男子が79%、女子が21%、武士は百%といわれ、福沢諭吉も幕末の日本の識字率は世界一であるといっている。江戸時代の教育を担った寺子屋は躾や礼儀を重視し、どんな身分境遇に生まれようと赤ん坊を一人前の大人にする組織力を持っていた。寺子屋は民間の力で運営され、この江戸の教育の底力が明治以降現在までの技術大国日本の原点となっている。

  戦後、私が小学校低学年のころ、日本語をローマ字で表記するという教育がほんの短い間行われた。何故なのか分からなかったが、日本人が軍國主義を受け入れたのは、複雑な日本語による教育の不足である、その表記を簡単なローマ字にすれば、教育のレベルも上がるだろうとアメリカは考えた。日本人の識字率は低いという前提で全国調査が実施されたが、結果は逆で、ローマ字化は当然頓挫した。アメリカによる戦前の日本社会の否定は、日本人の中にも教育を通して浸透し今日に至っているが、阿川弘之は「大人の見識」の中で、壊滅的状態になる前に太平洋戦争を終結させ、「日本人の持つ技術水準と勤勉な国民性とをもとに、十年国力の充実に努めることが出来ればどんなに国運隆々として学問や文化の面でも大きな業績を世界に示していたであろう」という。しかし現在でも各地に残る日本の文化伝統や人々の考えには、受け継がれてきた不易の遺伝子が分厚く堆積している。

  地域デザイン研究会で毎年開催しているフォーラムや現地シンポジウム、まちを視る等の分科会活動の企画にはその時々の話題性などで決定し、テーマに一貫性がないようにみえるが、既に数多くの調査事例や研究成果が積み重ねられてきている。これらを@脈々と流れている共同体の活力の源泉と維持、A風土や景観にみる日本の精神風土と美意識、B日本の伝統・文化の考え方、C自然感および技術の伝承などの視点で分析整理し、それを行政や一般市民住民に発信することができれば、社会貢献としての役割の1つを果たすことなるのではないか。常に日本の技術と教育の原点を見つめていかねばならないと考える。


HOME  潮騒目次

inserted by FC2 system