悠悠録

間に合わない

平峯 悠

 ベストセラー「バカの壁」の著者は脳解剖学者の養老孟司氏である。専門は解剖学であるが科学哲学から社会評論まで鋭い切れ味を見せる。目の付けどころや発想はとてもかなわないと尊敬している一人である。養老氏は、暇があると虫いじりに没頭するという。虫を捕まえ、眺め、調べることが無性に楽しいそうだ。仕事の合間にそんなことをしていて死ぬまでにどれだけのことが出来るかと問われると、たいしたことは出来ない、とても間に合わないことははっきりしている。間に合おうが間に合うまいが、ひたすら続けるだけだと割り切っているそうだ。

 私事で恐縮であるが、数年前からクラシックギターを暇があれば弾いている。当初はプロのような演奏がしたい、ギターで世間に認められるようになりたいなどと妄想していたが、ある時点ではっきりと間に合わないと意識した。どう頑張ってもこれまでの人生以上に長く生きることはない、絶対に間に合わないのである。このように考えると気持ちが楽に自由になる。歳を取り悟りのような境地が分かってくるのも悪くない。間に合うような道筋を付けることができる人や時間のあるひとは幸せであるが、大概は間に合わない。それでも仕方がないと納得している。養老氏の感覚と共通するのは歳のせいでもあろう。

 個人の生き様や行動に比べ、地球や社会環境について間に合わないではすまされない事が増えてきた。人類の文明がもたらした「地球温暖化」および「エネルギー枯渇問題」、世界的に広がる「食糧問題と水問題」、「病原体としての新型ウィルスの発生」などは我々の存在を否定し、人類滅亡へと導く。学者・専門家、役人や政治家は技術や制度・仕組み改善すれば解決出来るような錯覚を与えているが、行き先の不透明なゴミの分別、リサイクルのまやかし、バイオ燃料や自然エネルギーの問題点、経済に任せた食料供給など一般市民・国民は眉につばして疑っている。先進国がこれまでの生活様式のままで推移すれば地球滅亡を防ぐことは出来ない。間に合わないようになるのは目に見えている。

 日本に限ってみれば、ガソリンが高騰し枯渇するならばクルマに乗らなければよい、食料不足や自給率の向上のためには、マグロはじめ輸入食品を食べるのをやめ、飽食を慎めばよい、国内で生産できるモノを大切にし、繰り返し使えばよい。このような行動指針が示されたら国民は納得する。古来から伝えられてきた生活の知恵そのものである。庶民が受け継いできた「徳目=我慢、辛抱、忍耐、自制、羞恥、倹約、けじめ」に戻ることが間に合わないことを間に合うように変える手立てであると考える。

 経済効率やグローバリゼーション、技術革新という言葉に惑わされることなく、日本文明の良さを再認識し、人間の持っている本能的な感覚を大切にする、これが地球を救う鍵になる。


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