巻頭言

公共事業の馬鹿

尾花英次郎(大阪府)

 通勤電車の中で珍しくなくなった若者の醜態。座席に鞄まで置いて平然と音楽を聞く学生、車中の化 粧に余念がないOL、マンガにふけるフレッシュマン。 若い世代で精神疾患による休職が増えているが、自宅療養中は海外旅行ができるほど壮健なケースも多 いとか。毎日、残虐かつ理不尽な事件が入れ替わりで報じられている。電気街で無差別殺人の通り魔が出たかと思えば、両親から虐待を受けた幼児が命を 落とす。この稿を書く間にも元厚生次官夫妻が理解しがたい動機で暴漢に刺殺された。政治は指をくわえ、人々は怒りや不安に対して不感症になってゆく。 まったく「この国の馬鹿野郎!」と叫びたい気持ちだ。

 こうした不満を吐露する傍らで、今更ながら社会 資本整備の難しさを思う。大阪府をはじめ全国的な財政難は良化の兆しが見えない。その上、金融危機 に伴う不景気が迫り、公共事業はますます厳しい状況に追いやられている。事業を担当する職員の多くは、予算が無いのを良いことに、社会資本や地域整備のあり方を議論する気も失せて思考停止に陥っている。大衆は総論賛成・各論反対、自らの財産や地域に降り掛かる公共事業については必ず異論を唱え る。カネも無くヒトもココロも無い昨今、社会資本整備はどこへゆくのか。「公共事業の馬鹿!」と言わ れても仕方あるまい。

 これまで「大阪の基盤整備は不十分」と迷わず主張してきた自分を哀しく感じている。目標の据え方によって認識が異なることは明らかだが、少なくとも、財政力の範囲で現実的に物事を考えれば、当分の間、道路などの公共施設を都市計画どおりに造る ことは考え直すべきではないか。逆に言えば、時代に沿って整備水準をとらえ直すか、あるいは、最終 ゴールは変えずとも当面の段階的整備を容易に許容すべきと考える。実際に「道路密度」や「混雑度」 などの基準に照らすと膨大な数の要整備道路が浮か び上がり、年間予算から割り出された事業年数に絶句するばかりである。

 財政再建の的にされ予算削減が止まらない公共事 業。確かに広域幹線道路等の根幹的な社会資本の中には、新規整備が不可欠なものもある。しかし、限られた予算を効果的に使うには、今ある道路の拡幅 や交差点改良をはじめストックの活用に重点を置く べきだと思う。

 さらに、不要不急の自動車利用を公共交通機関へ転換させる、いわゆる「交通需要マネジメント」 に真 剣に取り組むべきであり、良心に訴えるだけでなく、 自動車利用を抑制することと公共交通機関を使いやすくすることの両面から、政策を講じることが重要 だ。特に、私鉄間の乗継料金チャージ等の構造的問題を改善するため、国策として「鉄道への運営補助」 を正面から議論すべきではないか。一方、高速道路と一般道路の交通量負担を政策的にコントロールす ることも大切な視点である。折から経済対策に端を 発した高速道路料金の値下げ政策が展開されているが、都市高速道路ではいまだに本格適用されてはい ない。深夜に限らず日中の比較的空いた時間帯に都市高速道路を活用することで、一般道路への交通集中を緩和する試みを早急に実施すべきだ。

 道路公団民営化時点で頑なに「自動車利用は将来も増える」と説いた国の道路政策が、将来交通量予 測の下方修正を公表した。腑に落ちない論法が崩れ 実感を伴うシナリオが揃った今こそ、道路政策から 新たな社会資本整備のビジョンを示すべきである。  これ以上「公共事業の馬鹿!」と罵られないため にも、当事者として精進したい。


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