主張

リセットする

地域デザイン研究会 理事長 平峯 悠

 米国発の金融恐慌は、100年に一度の経済危機として世界中を駆けめぐっている。急激な景気の後退が雇用にも波及し社会の不安材料になっているのは大きな問題であるが、国内での自動車や家電製品の売り上げ減少などは当然予想されてきたことであり、いつまでも右肩上がりが続くはずがない。自動車交通の減少傾向、百貨店や大型店舗の経営の頭打ち、住宅や商業業務地の需要の低迷、地方の疲弊と種々の格差の拡大など、日本社会全体に変化が起きつつあることはここ数年明らかになってきたことでもある。このような状況のなか、目的の定まらない定額給付金の支給や高速道路の千円乗り放題など目先の施策が話題になっているが、政治の混迷の中で有効な方策が見いだせないでいる。

 日本そのものあり方として、西欧文明の真似をせず日本的な経営に立ち返る、集団運営の知恵や美意識を重視する、精神論としては「武士道」を精神・行動の中心に据えるなどという議論も盛んである。サッチャー以前のイギリスは衰退の時期にあったといわれているが、中西輝政氏は、繁栄を享受、政治の流動化と政治のリーダーシップの低下、中産階級の高い生活水準による克己心の低下(快楽の追求)の結果、海外勤務を嫌う若者の増加、海外旅行ブーム、イベントだらけの生活、古典から離れた軽薄な趣味へ、文字より漫画、健康への異常な関心とグルメなどが当時のイギリスと酷似し、現在、確実に日本は衰退に向かっているという。*中西輝政「なぜ国家は衰亡するのか」PHP新書

 このような状況を打破するには日本社会全体をリセットする必要があると考える。リセットというのは機械や装置を「始動」の状態に戻すということであるが、何をどの始動時点に戻すかは大いに議論があろう。麻生首相の設置した有識者会議のメンバーの一人日野原重明氏は、96歳の現役の医者であり、現在の経済危機に対し我慢することと分け合うこと、また宗教学者の山折哲雄氏(77歳)は、この世に常なるものは何一つない(=無常)、経済の持続可能な永遠など単なる虚妄の戯言に過ぎないと言い切る。長い人生経験で培った人達のリセットの仕方は明確である。

 日本社会の変革点の一つは昭和20年の敗戦時、もう一つは高度成長から安定成長期を迎えた昭和50〜55年頃ではないかと思う。歴史の積み重ねの中で前述の日本の有り様はこの二つの時期までに形成されたのではないだろうか。たかが経済、景気循環は当たり前と考え、日本の伝統的価値観や歴史観等に基づき長期的に対応することが必要である。

 都市計画やまちづくりの分野でも、戦災復興事業には大正時代の都市計画の論理が明確に反映されていたことから敗戦時を現在の原点にすると共に、交通問題や環境問題に一定の成果があがり、地方の時代のあり方、アメニティーや景観、居住環境、公共交通と鉄道駅および商業施設のあり方などについて研究や調査などが始まった昭和55年頃をリセットの起点と考えることが出来る。現状に疑問を感じず、市民参加やイベントを中心としているようでは豊かな都市社会を作り上げることは出来ない。過去に戻すことも必要である。

 「このイベントは少しでも元気になってもらえたらと思い企画しました」というが、現在社会はいつも元気でなければならないという幻想を持っているのではないか、長い人生や生活の中には苦渋に満ちた時代が常に存在する。元気になるのもよいことだが、その根底には目指すべき方向や展望がなければならない。リセットするということは、考え方や生き様を常にチェックし、間違いのない再生につなげていく行為である。


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