悠悠録

悠悠録から見た民主党政権

平峯 悠

 悠悠録では、これまで変化する世の中に対し、常に問い直し、抑えておくべき「キーワード」や「視点・論点」を提示してきた。2006.2の「分岐点(分かれ道)」では、日本の政治・経済・教育・社会資本整備などあらゆる分野で分岐点にあると主張したが、それから3年疲弊した自民党政権が自滅し、民主党政権が誕生した。その政策については現在試行期間でもあり未知の部分もあるが、悠悠録から見た見解・認識を一部ではあるが示しておく。

「配分の難しさ(1998.2)」:民主党の公約に“国民目線で予算を組みなおす”とあった。これは大変な難題である。悠悠録で指摘したように、哲学者、倫理学者の加藤尚武氏の「この定常化社会で何が文化的に最も重要な価値を持っているかと言えば配分方法であると思う。適正な配分方法を持つ社会となるかどうかということが、この未来の人類に課せられた最大の課題」と述べているが、民主党の姿勢や考え方からはその覚悟が見えない。「コンクリートから人へ」という言葉は踊るものの、劇場的な仕分けに対する不満、切り捨てられた事業にフォローがないことなど「配分」の新しいルール作りには程遠い。配分には痛みを伴うため国民・住民が納得する基準が不可欠であり、この基準作りには、国のあり方・社会の進むべき方向に対する長期的「戦略」が必ず明らかにされねばならない。

「戦略と戦術(1999.4)」:戦略(strategy)と戦術(tactics)は異なり、戦略というのは、物事をなすための最初に明らかにする長期的な方針や目標を定めることである。日本は進むべき方向が見出せず、目先の課題解決に右往左往し、その場しのぎの方策や問題先送りに終わっていると述べたが、「子育て手当て」「農家個別保障」「暫定税率廃止」「天下り禁止」「高速道路無料化」などの施策は、どう見ても将来の方向が語られておらず、バラマキや思いつき政策としか評価されない。「戦術」であり戦略が見えない。科学や教育、地域や社会資本のあり方などについて、大局的な国家観に基づく方向性を必死で捜し求め国民の信を問うべきである。

「社会的ジレンマ(2003.7)」:民主党の政策では環境問題や基地問題などで、多くの人達がそうだと思う理想を掲げている。地球温暖化対策や環境改善への高い目標を掲げることはよいことではあり、また戦争がなく平和が保障されれば、沖縄に基地は要らない。しかし社会が理想とすることや良いとわかっていることを現実には達成するのが難しい、仮に達成できたとしても派生的に多くの問題を生じる。この社会的ジレンマは個人の利益と全体の利益の葛藤と調和の問題であり、その解決は容易ではない。理想と現実の間の矛盾を調和させるには、原理・原則とその例外措置を臨機応変に適用し融通性という視点から解決策を見出すしか方法がない。現実的な落ち着きどころを模索せざるを得ない。

 民主党の政策の一部について論評したが、悠悠録ではこれからもできる限り政党色や政治的主義・主張は排除しつつ、議論を積み重ね自由に発言・発信して行きたいと考えている。「もっと議論を!(2007夏号)」


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