交通シミュレーションの基本原理

戸松 稔(地域・交通計画研究所)

 交通シミュレーションをご存知でしょうか? 元々は交差点などの特定の交通現象をコンピューターで再現しようとして始まりましたが、高性能化して、今やほとんどの道路交通現象を驚くほどリアルに表現できるようになりました。

 交通シミュレーションでは、現実と同じように、1台、1台の車を異なるドライバーが運転する個別の車両として表わします。車の動きは加速度で制御します。つまりアクセルやブレーキで加速したり減速させたりして車を動かします。

 交通シミュレーションでは、追従モデル(Carfollowingmodel)で瞬間、瞬間の車の加速度を決定します。代表的なモデル式を下に示します。

 上式でα,v,xはそれぞれ車の加速度,速度,位置を表わし、tは時刻、添字のlは前車を意味します。 f1式における{v1(t)-v(t)}は前車との速度差であり、{x1(t)-x(t)}は車間距離です。この結果、f1は速度差に比例し、車間距離に反比例して変化する量であることがわかります。例えば前車が40km/hで走っていて、それを50km/hで追いかけているとします。この場合、速度差は−10kmですから、f1はマイナスの加速度、つまりブレーキ力として働きます。ブレーキの強さは、車間距離
が大きければ小さく、車間距離が詰まれば大きくなります。また速度差が0になればf1も0になります。f1はこのように速度を落としながら前車に近づき、追いついてからは前車と同じ速度で追従して走る車の挙動を再現します。

◆多様な道路交通状態を表現する「追従モデル」

 追従の車の挙動説明に、f1だけでは十分でないことがわかってきました。ドライバーは速度差よりも車間距離に敏感に反応してブレーキを踏み、これが渋滞発生のきっかけになっているのではとの推測です。これで導入されたのがf2です。f2式の右辺の[ ]内は、[(車間距離)−(安全車間距離)]を表わしています。安全車間距離は、安全性を保つため必要な最小の車間距離のことで、速度によって異なるので、速度の関数β{v(t)}としたものです。車間距離が安全車間距離を割るとf2はマイナスとなり、車にブレーキがかかることになります。f2はこのように安全車間距離を割った状態から、安全車間距離以上に戻す働きをします。車間距離を広げるためには、前車よりも速度を落とさなくてはなりません。前車よりも速度を落とす行為が後続車に次々と波及すれば、あっという間に渋滞が発生することになります。f2式は渋滞発生の根源となるメカニズムを内包しています。

 第3項のf3は追従状態にないときの加速度の決定式で、Vはその車の希望速度を表わします。f3はVに一致するよう車の速度を調整します。 追従モデルは、交通量が少ない状態から渋滞状況までの多様な道路交通状態を正確に表現します。他に、赤信号での停止や、合流部の挙動や、車線変更などもモデル化しなければなりませんが、追従モデルが個別に車を表現する交通シミュレーションの心臓部であることに変わりがありません。

 大学時代の恩師である佐佐木先生は、交通流理論の権威として知られていました。若き時代の論文に追従理論に関するものが何編か残っています。追従モデルに接するたび、亡き恩師のことが頭をよぎります。


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