悠悠録

原発と技術

平峯 悠

 3月11日の東日本大災害と福島原子力発電所の事故は想像を絶するものであった。特に原発事故は5カ月たった現在でも放射能汚染と農業被害は拡大し、収束の見通しが立っていない。文明を築きあげてきた人類が制御できない原発、放射能汚染という得体の知れない恐怖から世論が「脱原発」という方向に一挙に傾いたことは分からないではない。

 人類は、約50万年前の「火」に始まり、農耕、製鉄、蒸気機関、電気、火薬・ダイナマイト、医療・医薬などこれまで多くの技術を手に入れてきた。究極が原子力であり遺伝子組み換えである。しかし、火災・爆発、薬害を始め多くの事故等が頻繁に起こり、これらを完全に制御出来ているとは言えない。国土改変の主役である土木技術もダムや高速道路、巨大開発によって地球環境を破壊し自然を傷つけた。社会との関係では土木技術も同様である。技術を使いこなす或いは制御するには、長期にわたる検証と改善が必要である。

 日本の繁栄を支えているのは間違いなく「エネルギー=電気」である。水力発電の限界、火力発電における石化燃料の枯渇と輸入不安及び大気汚染・CO2問題などもあり、安全面では不安を払拭できないものの原子力発電をエネルギー政策の大きな柱として選択し推進してきた。そして3.11までは、軽水炉による原子力発電プラント技術は完成の域に達していると見られ、安全神話すら作られてきた(高速増殖炉や核融合炉は開発段階である)。

 関西の原子力発電が稼働したのは関電敦賀原発で1970年3月14日、日本万博開会の前日であった。万博の理念「人類の進歩と調和」は、日本を始め先進国の高度成長と巨大開発や大気汚染、エネルギー問題に警鐘を鳴らし、文明の進歩と人類の在り方を考え直すというものであった。その後1973年のオイルショック時代にエネルギー問題が再燃したが、「技術の備蓄」という考えで原発や新エネルギーなどの技術開発を進めることを認めてきた。これは当分の間は実用化は困難で無理がある技術でも、開発を進めておけば再びエネルギー危機が生じた場合に短時間で実用化に入ることができ、危機回避の大きな助けになるはずという考えであり、この概念は現在でも通用する。 福島原発事故は技術とエネルギーに関する重大な問題を提起しているが、今、日本が最優先で行わねばならないのは、「反原発」「脱原発」や「卒原発」「自然再生エネルギー」などを声高に叫ぶことではなく、科学=化学・工学のあらゆる技術を集結させ、福島原子力災害を沈静化させ、放射線汚染土・水の処理、農業の安全確保に総力を挙げ、周辺の人々を始め日本人の生活とものづくりに安心・安全を取り戻すことである。全国の原発を廃炉するとしても、核燃料廃棄物処理については、今後何十年にわたって取り組まねばならない技術的課題である。これらを世界に先駆けて行うことが技術大国日本の責務でもあり、現在稼働している原発の安全の確保も同様に優先度は高い。

 そのための人材育成も必要である。作家曽野綾子氏は、踏み込んで多くのことは語らずに、原子力発電問題については将来の知識人に委ねたいという。一つの見識である。核兵器・原水爆弾禁止運動との連動や安易な感情論は控えるべきで、人類が手に入れた最高度なエネルギーである原子力のあり方には慎重で真摯な議論が必要で、私もその結果を待ちたい。


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