思えば遠くへ
来たもんだ

林役(りんえき)の勧め

淺川組  磯村幹夫

 人生わからないもの、和歌山に2度勤務することになった。

 役人生活の最後でにわかに縁ができた。10年ほど前に和歌山県土木部長として赴任して、2年あまりの勤務であった。和歌山に住んでみると、本当に、空が青く、太陽が近くに感じる。紀泉の山並みを越えて紀ノ川流域に入ると、大阪とは「空気」ががらりと変わるように思う。赴任の折りに、新聞記者から和歌山の印象を聞かれたとき、思わず佐藤春夫の「望郷五月歌」の1節が頭をよぎった。

空青し山青し海青し
日はかがやかに
南国の五月晴こそゆたかなれ

 この詩は春夫の故郷新宮を詠んだものだが、まさに和歌山県の特質を示していると思う。海に囲まれ、黒潮の恩恵を受けて暖かで、地味豊かな土地、過ごし易いところである。

 退官後、大阪の建設会社に再就職し、和歌山との縁も切れたかと思っていたところ、にわかに、昨年8月より、和歌山本社の建設会社に勤務することになった。再び和歌山に来てみての第一印象は、和歌山は変わっていないなということであった。

 大阪からJR、南海で約1時間であるし、高速道路が通じた今は自動車だと1時間足らずなのに、やはり遠くに感じる。和歌山市ですら遠くに感じるのだから、県南部の新宮、串本あたりはオーバーに言えばまさに隔絶の地であろう。東京、大阪、福岡といった、主要な消費、産業都市を結ぶいわゆる国土軸からの遠さが近代の和歌山を規定している。江戸時代には御三家の1つが置かれるなど、人口で見ても全国で有数の地であったのに、工業中心の産業の発展に後れを取ったのは、地の利がなかったことが大きい。

 したがって、和歌山県の行政の基本政策の1つは、国土軸への時間距離を如何に短縮するかであったが、大阪への高速道路、関空の開設、白浜空港の拡張が実現し、県内の道路網も着実に整備されつつある。しかし、経済の停滞の中で、産業構造への大きな変化は出ていないように思われる。大阪への近さを生かした住宅地化が、紀の川沿いに目立つ程度である。

 観光は少しは気を吐いているように思える。開発が遅れたことが幸いして、豊かな海、山の自然がいっぱいあり、また、高野山、熊野といった古文化の伝承地も多く、現代文明に疲れた都会人の心の癒しの対象としてクローズアップされている。

 和歌山(県)では、依然として過疎が進行しているところが多い。県の中南部では軒並み人口減だし、特に内陸山村では高齢化が進み、このままでは集落単位で消滅の危機にある。

 過疎の問題は極めて深刻である。過疎地では、如何に人口を定着させることができるのか、特に若者を都会から呼び戻すにはどうしたら良いのかが課題である。過疎の原因の1つは働き場、特に若者に魅力のある職場のないことである。第一次産業は若者に人気がないうえに、漁業では養うのにおのずと限界がある。農業は米を中心に温暖な気候を生かして果実で生産性を上げているが、輸入に対抗するのに苦慮しているし、林業に至っては輸入材に勝てず壊滅的である。第二次産業は高度成長期に沿岸に重工業を展開させたが、施設の陳腐化のうえに経済の停滞でまったく振るわない。

 和歌山は紀州、紀の国、すなわち、木の国である。もともと、林業立国の土地である。その林業がだめなのだから、和歌山はどうしようもないといえる。山林の7割が植樹された人工林といわれ、古くから林産業が盛んであったが、近年、産業として成り立たなくなって、重労働ゆえに若者からも嫌われて衰退するばかりである。極相を保った森林は樹林相が安定しているが、人工林では人手を加えないと荒れてしまう。今や、山は荒廃の一途である。これは、防災の観点からも座視できない重大事である。今ここで、何とかもう少し人手をかけられないものか。世界の森林資源は先細りなのはわかっているのに、いずれ材木の輸入は困難になるのに、山林に投資できない日本の先見性の無さに歯がゆさを感じる。今すぐに投資の効果は期待できないが、国家100年の大計として、目先にとらわれない投資が必要だと思う。

 そこで、林役ということを提案したい。兵役ならぬ林役(りんえき)である。すべての若者に例えば2年間林業の現場に従事するよう義務づける。この費用は、公有林は行政の負担で、民有林は補助金を出し将来収穫があったとき相当分を徴収することとしたらどうだろう。災害から国土を守り、いずれ貴重な資源となる森林を育成し、若者の体力を強化し、生産的労働に対する意識改革を促すために有効であると思う。今の経済論理の中では、特に第1次産業に投入される労働力の評価が低すぎることにすべての原因があると思うのだが…。

 和歌山で考えたのはこんなこと、小人閑居して妄言を弄すである。

 さて、最後に観光案内を二、三。

 天下の名勝、和歌の浦:和歌川の河口部は長く伸びた砂嘴で広い潟となっているが、砂嘴である片男波と水面に浮かぶ妹背山を含む地域で、万葉以来、歌枕として文人たちにも親しまれた風光明媚なところである。自然保護で文化人をも巻き込んで話題となった不老橋も立派に保存され、片男波には万葉公園もあり、周辺の道路も自然環境に配慮して整備されている。広く開けた海の向こうに淡路、四国が遠望され、振り向けばはるかに紀三井寺、妹背山には東照宮もあり、1日をのんびり過ごすにはもってこいのところである。マリーナシティ:和歌の浦の南続きに作られた人工島の観光地。イベリア半島あたりの港を模したポルトヨーロッパと黒潮市場、ヨットハーバーとリゾートホテル、そして、温泉も湧き出ていて、家族連れの小旅行
に最適である。

熊野古道:癒しの時代の熊野詣の復活、歩くことを主題としたイべント「古道博」が開催されて好評だった。熊野3山を詣でて、古来からの日本の信仰に思いを馳せるのも良い。1度は、ぜひ体験したい。

高野山:言わずと知れた天台密教の大本山である。唐より帰国して、密教の一大根拠地を創ろうとしたとき、これだけの寺院群と門前町を養うだけの水が確保できることを的確に予兆した空海に敬服する。山深い杉木立の参道がすがすがしい。

潮の岬:本州最南端、本当に地球が丸く見える。近くの歌で有名な大島に自動車道が通じた。海中展望塔もある。

温泉群:和歌山には鄙びた温泉が多い。美人の湯・秘境の龍神温泉、河原から湯の湧く川湯温泉、小栗判官と照手姫ゆかりの湯の峰温泉等々、山峡にあっていずれも泉質も良く、道路が整備されて気安く行けるようになった。白浜温泉、勝浦温泉という和歌山が誇る大温泉地もある。


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